二人の関係が暗示する未来――栞と嘘の季節/米澤穂信

 

 前作『本と鍵の季節』の時から『嘘』は通底したテーマではあったが、今作は特に嘘が多く、登場人物全員が何かしらの嘘を吐いている。ただその嘘の大半は「情報を持っているのに個人的な事情から話したくないから嘘を吐いて隠している」という内容であり、これは事前の行動や台詞の矛盾から真実を暴くというミステリとしてのカタルシスを与えながら、嘘を見破ることで新たな情報が出てきて話を展開させるという役割として使われている。

 すなわちミステリとして、あるいは物語として役割を持たされた上で嘘を抱えているわけだが、しかしこの嘘つきたちの中で一人だけ、そういった物語上の役割とは一切関係なく嘘を吐き続けているキャラクターが存在する。言うまでもなくそれは、今回の『依頼者』である瀬野だ。

 物語のラストまでずっと嘘を吐き続け、堀川や松倉に指摘され続けているが、しかし作中では指摘されなかった彼女の『嘘』が他にも存在している。この物語にちりばめられた嘘によって、本書が隠していること――暗示していることを、『二人の関係性』という側面から読み解いてみたい。

 

 

「正直言って、わたしは誰に栞が使われても別にいいって思ってる。たぶん、松倉もそう。わたしらは自分のことをしてるのに、きみは違うんだよね」

「名前も知らない誰かを助けるためにやってると思ってるなら、勘違いだ」

「だったらつまり、松倉や、わたしを助けてくれてるんでしょ。ありがとうぐらい、言うよ」

米澤穂信.栞と嘘の季節(集英社文芸単行本)(p.273).株式会社集英社.Kindle版.

 堀川の行動に感謝している文脈で、かつ「正直言って」という出だしから接続された内容ではあるが、しかし瀬野のこの発言は嘘である。最後の最後に彼女が語った栞の配り手を探していた理由……の嘘を見抜いた堀川の解釈の中でこう語られているからだ。

 噓だ。 
 瀬野さんはずっと、櫛塚さんがトリカブトの栞で義父を殺したんじゃないかと疑っている。何度信じようとしても、疑いが消えなかった。それが、配り手を捜し続けた理由だ。配り手が栞を配り続け、いつか死人が出れば、警察の捜査が始まる。いったん捜査の手が入れば、姉妹団は、たちまち芋づる式に正体を暴かれるだろう。その結果、三年前の「事故」に疑いが生じれば……櫛塚奈々美の幸せは、終わるかもしれない。
 そうさせないために、瀬野さんは栞の流布を止めなければならなかった。すべては、もう会うこともない、櫛塚奈々美さんのために。

米澤穂信.栞と嘘の季節(集英社文芸単行本)(pp.355-356).株式会社集英社.Kindle版.

 栞によって死人が出れば櫛塚の幸せが終わるかもしれない、そのために栞の配り手を見つけたかったと堀川は推察している。つまり瀬野にとって「誰に栞が使われても別にいい」なんてことはないし、「自分のことをしてる」わけでもない。

 『何故こんな嘘を吐いたのか』は重要なファクターではない。彼女は堀川や松倉のことを十全に信じてはおらず、カジュアルに嘘を吐くと明示されているからだ。大事なのはこの嘘を取り除いた先が何なのかだ。このシーンにおける瀬野の発言の真意は『君も私と同じなんだね』であり、つまり瀬野と堀川は同じであるという暗示なのだ。

 瀬野と櫛塚の関係性は、堀川と松倉の関係性を思わせる。そこに友情があったことは間違いないが、用がなくともつるむほどの間柄ではない。堀川と松倉が互いに意識的に置いている距離感を考えれば、大学に入ってしまえば、堀川との思い出は青春の一ページだったと記憶の奥底にしまって、コロッと忘れてしまうのだろう。そんなときになって、突然例の隠し財産が公になったとしたら?財産がいくらあったのか、具体的な金額を堀川は知らない。松倉はそのお金に一切手を付けることはなかったと、信じることはできるだろうか。もう会うことはない松倉に対して、堀川は何かするだろうか。本作における瀬野の存在は、そんな未来の展開を暗示させるかのようである。

 松倉の『お守り』がどうなったのかを匂わせるシーンが挿入されていたが、しかし鍵は松倉の手にあり、その気になれば手に入れることができる状態であることには変わりがない。高校を卒業して図書委員でなくなり、堀川とも縁が切れた松倉に、お題目を掲げ続ける理由がどこまで残っているだろうか。

 『お守り』を巡る二人の物語は、まだ決着していない。