僕はこの日曜日を、なんとか他愛ない一日に引き戻したかった。無邪気な先輩に誘われて友達と遊んだ一日にしたかったのだ。
所謂『日常ミステリ』と呼ばれるジャンルは、一般的なマーダーなミステリと比べると、起きる事件はささやかだ。そもそもの謎自体が取るに足らないことであったり、謎が解けてもなんだそんなことかと落胆することもある。
では日常ミステリの魅力とは何かと問われると、事件や謎と通じた人間模様であると言える。『犯人捜し』と『トリック』に比重が置かれるのが本格ミステリだとすれば、日常ミステリは『何故やったか』を通じて描かれる人間の心の機微に比重が置かれるのだ。つまり人間模様を描く日常ミステリというジャンルは、鬱屈とした青春物語と相性がいい。
本作『本と鍵の季節』は探偵役である堀川と松倉、彼らが遭遇する日常の謎。それらを通じて描かれる、二人の青春と友情と破綻の物語である。
お人好しな堀川と、皮肉屋な松倉。二人は図書委員会として図書室で仕事をする最中、よく雑談をする程度の仲。そんな二人が今日も今日とて図書室で仕事をしていると、二人を訪ねてくる人がやってきて……というのがおおよそのストーリーの枠組みだ。
ミステリにおける解決編では、探偵が推理を口にして真相を明らかにし事件が解決される。本作の特異なところは、この一般的なミステリの解決編の流れに逆らっているところである。探偵役の二人は真相は明らかにするものの、それによって事態は収束しない。ある時は謎を解いただけで満足して成り行きを傍観し、あるときは謎を解いたことで依頼者に逆恨みされる。
「やめろ、もういいだろう、俺は本を探してくれと言っただけだぞ! それを……なんなんだお前ら!」
頭のいい二人は謎を解き明かすのだが、それだけではなく『何故そんな頼みごとをしてきたのか』という部分まで踏み込んで推理してしまう。それによって本来秘められているべき依頼者の意図が露見してしまい、事件は解決したものの釈然としないまま物語が閉じることになる。
ただしその依頼者の意図が本人の口から直接語られることはない。あくまで堀川と松倉の推論が提示されるだけで、本当の胸の内がどうだったのかは明示されない。探偵役が二人である理由がまさにここにあり、人のいい堀川は人の善性を信じた推論を立て、疑り深い松倉は人の悪性を信じた推論を立てる。真意が本人の口から語られることはないため、どちらの推論が正しいかが明らかになることはない。
収束しない事件の顛末と明らかにはならない真意により、章が終わってもすっきりとした読後感にはならない。では何故そんな物語がずっと綴られているのだろうか?
『913』、『ロックオンロッカー』、『金曜に彼は何をしたのか』、『ない本』。四つの章を通して、本書はずっと訴え続けている。依頼人は嘘を吐くし裏がある、裏の意図は善性としても悪性としても読み解ける、ただしそれらは推論に過ぎない、本当のところどうなのかは貴方が読み解いてください――と。
そして訪れる最終章『昔話を聞かせておくれよ』では、いよいよ松倉が堀川に対して一緒に謎解きをしてくれないかと依頼することになる。その謎解きを通じて明らかになる松倉家の事情と背景。そして案の定踏み込んでしまい、露になる松倉の真意。
ただし本章において松倉は、この件に関しては俺は嘘を吐かないと宣言している。そして松倉の口からは本当の意図が語られる。つまりこの章において問われているのは松倉の意図ではないのだ。
『友よ知るなかれ』で明らかになった松倉の意図、その後提示される最後の謎とはつまり、『松倉は月曜日に図書室に来るのか』だろう。もちろんそれも語られることはない。二人の友情の行く末を、貴方はどう読み解くのか。ただ一点そこに焦点を当てるためだけに展開された作品群こそが本書、『本と鍵の季節』である。
なお続編が連載中な模様。
今年は『栞と嘘の季節』を集英社さんから刊行する予定です。『本と鍵の季節』の続編で、現在、「小説すばる」で連載が進んでいます。また、文藝春秋さんから、警察官を探偵役に据えた本格ミステリのシリーズ短篇集をお届けできればと考えています。こちらは題名未定です。
— 米澤穂信 (@honobu_yonezawa) February 4, 2022